3/08/2010

泣けない私

こんにちは。ガネーシャ店長です。
みなさま、いかがお過ごしですか?

曇り空で少し冷え込みましたが、本日は4号の中学の卒業式でした。
あの4号がもう義務教育を卒業とはね。。。
かったるいからと脱走した保育園時代。
ピカピカのランドセルが、こともあろうに通学3日目で見事に釘で穴をブスブスに開けおって、「みんな同じでわからんから目印をつけた!」と笑顔で返し、「イジメか?」と母の心配を見事に無駄にした小学1年生。
3年から使っている社会のノートがなかなか終わらないので、5年になった時、反対から算数とし使いだしたりもした。
小学時代6回の夏休み工作で、3回同じものを提出し、あと3回は姉のものをシラリと提出したもんだった。
保身の強い先生のおかげで、6年の時はいじめっ子疑惑を持たれたりもした。
中2の時は見事に「中2病」に冒され、懇談会では義務教育にもかかわらず「この子がいると迷惑です。」と言われたっけね。
中3の進路決定では、これまた大ドンデン返しの発言で、先生もワシも面食らったね。
昔からブログや日記のネタになることの多い子だった。
そんな彼がもう卒業です。

「おかあが来るの?」と、当たり前のことを確認して今朝はいつもどおり家を出た。
遅れないように行きましたよ、母は。
式が始まり、卒業生入場となった。
息子が入ってきた。
すぐにワシを認識できたらしい。
その瞬間、照れくさそうにニヤけだした。
そのままニヤニヤしながら歩いていたもんだから、数名のおばさん達に「大ちゃん!」と声をかけられ、ますますニヤケてしまったそうだ。
たぶん保育園の頃から知ってるおばさん達だね。
思春期の男の子がこの晴れの日に「大ちゃん!」と声をかけらるとは。
「ちゃん」ってアンタ、「ちゃん」って。
図体は大きくなっても、意外と地域で愛されキャラなのかもしれません。

まだ泣けないね。
さすがに4回目なので、このシチュエーションは十分にわかってるもんね。
ウルウルきたのは1号の時だけだったわね。

粛々と式は進む。
「卒業生のことば」という題目になった。
クラスの代表が前へ出て、いろいろ思い出や感謝の言葉を発表していく。
間に歌が2回。
指揮も伴奏も卒業生だ。
歌のひとつは「♪勇気を翼にな~んとか・・・♪」という割と定番のあれだ。
これは在校生も一緒に合唱だ。
もう一曲は両親や先生方、友人に感謝を呼びかけあった後に卒業生だけで合唱した。
そして、これで「卒業のことば」のお題目が終わった。
その後は「校歌斉唱」「閉式のことば」「一同礼」で締めざんす。
そして卒業生退場。

おいおい、一体どこで泣くねん!!!
ワシはきっと泣いてしまうだろうと思ってポケットに真っ白いレースのハンカチを忍ばせ、いつでもスタンバイOKだったんやでっ!!
泣くタイミングは一体どこやったんやろう?
ワシは決して涙が出ない質ではない。
いやむしろ涙腺は弱めに設定されてる方だと思う。
それが何で泣けへんの?
あ~、可愛い坊ちゃんの卒業の日に涙のひとつも出ないなんて。。。
泣けない私はヒトデナシか?

ワシは泣けない理由がわかっている。
1号の時からずっと違和感があるのだが、卒業式に歌うあの合唱が泣ける気分を損なうのだ。
合唱するならするでいいけど、なんで「蛍の光」や「仰げば尊し」を歌ってくれへんのだろう?
まるで合唱コンクールのような選曲、青春の歌ではあるけれど、ワシはあの合唱では泣けへん。
昭和の人間と笑ってくれてもいいよ。
でも、絶対「仰げば尊し」の方が泣ける。
確実にビービーに泣くと思う。

義務教育の卒業式で「蛍の光」も「仰げば尊し」も歌わない学校は別に珍しくないらしい。
そんなもんかいな?
少々古臭い言い回しの歌詞だけど、歌詞の意味を細かく教えてもらいながら歌の練習をした事は、あれから30年以上経ってもまだ覚えている。
そして卒業と聞くと自分の頃とだぶり、あの頃の記憶と親となった今の自分とを重ねて泣いてしまうのだろう。
歌詞が難しいから歌わないのか、時代にあってないから歌わないのかわからない。
時代にあってないとしたら、ワシの頃だって電気はあったし蛍の光で勉強したことなどないよ。
歌詞が難しいという理由なら、子供たちをいつまでも子供扱いするなと言いたい。
こういう風潮が「ゆとり教育」の遺産なのかもしれないが、それって明らかに負の遺産だと思う。

しかし合唱はワシを泣かすために歌うわけではなく、卒業生自身のために歌うのだ。
そう思えばとても上手に歌っていました。
子どもたちは力強く立派に歌っていました。
泣くタイミングがいまいち掴めなかったけれど、ご卒業おめでとうございます。m(__)m

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