4/05/2011

dzi・・・また育ててみることにした。

こんにちは。
夜桜が見たいけど寒すぎて行きたくないガネーシャ店長です。
節電節電と言われてますが、未だにホットカーペットが必需品のワシには耳が痛い。。。
でも冬は一度もエアコンを付けなかったから帳消しにしてくだせぇ。(/_;)
左は今日のワシ。
トップのワンピは販売中です。
アイボリーもあるよ。
ワシはワインというか赤茶色っぽいの着てます。
よくあるマントラのスカーフは、サンドベージュに渋い赤。
ワンピに合わせたら意外にマッチしましたね☆
寒がりで冷え性のワシなので、スカーフは一年中欲しいアイティムの1つです。

さて、1週間ほど前に「そろそろ紐替えてちょーだい♪」とやって来たヨガの先生。
お忙しい中、ありがとうございます。m(__)m
先生だけど、Kちゃんと呼んでいる。
Kちゃんが紐替えしてと持ち込んだアイティムは、ルックミのアンクレットとチビdziのストラップとdziのネックレス。
そうだねぇ、もう5年くらい前のこと。
店頭に並ぶdziを見て彼女はこう言った。
「これ、気持ち悪いんだけど超〜可愛い!何コレ???」
そうよ、そうなのよ、そうなんだわねっ!
何も知らずに初めてdziを見た人は、殆どの人が「気持ち悪い」って思うんだよね。
だって、石に模様が焼き付けてあるんだもんね。
ワシもそうだったもん。
「気持ち悪い」から「気になる人」と「興味のない人」に分かれるんだよね。
ワシは気持ち悪いから興味を持って、アンティークをいっぱい見て、チベットに興味を持って、愛おしくなったパターンね。
でも、Kちゃんは違った。
初めて見て「気持ち悪い」のに、即、「可愛い〜!」に転換してしまった人。
意外と珍しいパターンですね。
ウチはずっと前から石を扱ってるけど、未だに一切の効能書きをしないし能書きも垂れない。
まぁ、ポリシーっちゃポリシーだね。(-。-)y-~~~
で、Kちゃんは、その時スリーアイ(三眼)と目があった。
アンティークじゃないけど、なかなか忠実で良い作り込みのスリーアイ。
ネックレスに仕上げさせていただきました。
それからず〜っと彼女のお首にはdziがある。
年に一度くらいで紐替えはするけど、レッスンの時もお風呂も寝る時も絶対外さないのが彼女のポリシーらしい。
ワシは起きてる時はず〜っとするけど、風呂には一緒に入らんし、寝る時も別々におやすみしていた。
でも、彼女のdziを見たら、なんだかとっても彼女らしく進化してて、ちょっと羨ましくなった。
なまじアンティークをしてるからモッタイナイ気がしてお風呂には入れないのかもしれん・・・ならばnewを育ててみようかな〜と思ってしまいましたがや。
以前、セブンアイ(七眼)のnewをしていたのだけれど(その時も育てる気マンマンで)、お客さんに「それをください。」と言われ、嫁に行ってしまった。
それからアンティークしかつけてない。
dziが本来持っている意味合いからすれば、アンティークだろうがnewだろうが、dziに変わりはないと思う。
この見解については、2010年9月30日とか2009年2月20日あたりのblogでも読んでみてくださいませ。

とゆーことで、前説が長くなりましたが、1週間ほど育てているのがこの子でんねん。


なんスか?コレ?
どんな模様?
では、ズームイン。


まぁ、お気づきだと思いますが、ワシ、unusual好きなのね、マニアなの。(*´∀`)
この子はスリーアイの変化球。
漢字で特殊九眼と表記されますが本来◯い眼が◇のところが金剛っぽい。
店頭で9,800円で販売してるdziを買いましたわ、、、^^;
本当は、もう少しお値段はするけど、普通のスリーアイなんだけど、パキスタン辺りでよく見かける薄めの色合いのそれはよく出来た子がいるんだけど、「1つしかないからアンタには売らない!」って、カリスマが怖いんですぅ。。。(T_T)
まぁ、イイですよ。
実はこの子を育てるのも渋い顔されたんだけど、色み違いの同じ模様はもう1つ在庫であるし、同じ質感の金剛六眼もあるしね、といろいろ言い訳して譲ってもらった。
買い付けたのはワシだけど、自分のモノにはなかなか成りませんのよ。(;´д`)トホホ…

どんな子に育つか楽しみにしてます。
できれば弄れず慈悲深い子に育っていただきたい・・・って、育つのは持ち主ですね。
いくつになっても良い子になる自己研鑽が仏教の教えだと思いますぅ。
マンマ〜ン(-m-)

余談だが、「どうして天珠じゃなくてdziって言うの?」とお尋ねになる方はまだまだ多くいらっしゃる。
そういう時ワシはこう答える。
「だって、チョコレートのことを巧克力って言わないし書かないじゃん。」
dziはチベット文化圏のモノであって漢民族の中国のモノではないと思います。
天珠を「てんじゅ」と発音するのは日本人だけです。
私は他国の文化遺産にも敬意を払います。
もうその時代もその国もないとしても、まだその民族がその言語を使って暮らしているのですから。
歴史的背景から多くのことを学ばされるのは、どの文化も遺産も骨董も同じですね。
今の時代にそれらに出会うことができるのは、とても幸せなことだと思います。

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